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▼ ホワイトデーのss(嘘つきの夜のふたり)

 目の前にはふわふわのパンケーキと、ふわふわの髪をした遊真くんがいた。ばれんたいんはおせわになりました、というわけらしい。こっそりと栞さんに訊いてみたところ、玉狛の女の子たちには男性陣から合同でお返しがあったそうで、だからつまり、このお返しはわたしのためだけにある、ようだった。
「おお……」
 と、ひとあし早くパンケーキを切り分けて口へ運んだ遊真くんが感嘆の声をもらす。機嫌のよい猫のように細まった瞳に、にんまりと持ち上がったくちびる。そうなると、ゆるんだほっぺは落ちそうなのかも。
「いただきます」
 すこし遅れて、わたしも食べる。焼き目の薄いパンケーキはおそろしくやわらかく、ナイフに力を入れる必要もなくあっさりと一口サイズになる。フォークで刺す、というよりも乗せるようにして、そっと口へはこぶ。
 ふわ、と、しゅわっ、で、きえてしまった。ふわふわで、あまくて、やさしくて、夢みたいなたべものだ。メープルシロップのこっくりとした甘みだけが舌に残っている。
「どうだ?」
 二枚のうちの一枚をすでに半分ばかり食べ終えた遊真くんが首を傾げて問う。おいしい、と素直に答えたら、うれしそうに目を細めて、それがやっぱりやさしいから、少しだけ居心地が悪いような気持ちになる。うれしいけれど、受け取るのがほんのすこしこわいような。
「こんなお店があるなんて知らなかったな」
「とりまる先輩に教えてもらったんだ」
 なるほど、と頷く。いくらわたしがあまり街を出歩かない(少なくとも営業時間には)とはいえ、三門に来て日が浅いらしい遊真くんがこんなおいしくて、しかも人の少ない穴場を知っているなんて、と思っていたところだった。
「センパイと来られてよかった」
 何気なく告げられた一言に、心臓が忙しくなる。今までいくらだっておとなしくしてくれていたはずの心臓は、ぎゅっぎゅっと踏んづけられてポンプとしてのおのれの役目を思い出している。全身にあつい血がめぐって、じわじわと頬があつくなっていく。
 わたしはくちびるについたメープルシロップをちろりとなめとりつつ「試験がはじまるものね」と強引に自分に現実を思い出させた。
「そういえば、審査する側って訊いたけど」
「正しくは審査してるところを品評される側かな」
 B級なのにA級のひとたちと同じ役割を振られたのは、おそらく試験という大義名分をくれたのだと思う。界境防衛機関としての特殊な訓練だと言われれば、いくらか振り払える雑音がある。
 思い出さなくていいところまで思い出してしまったな、と苦く思いつつ「遊真くんのことをずっと応援するね」と笑えば「えこひいきはよくないぞ」と嗜められた。遊真くんが正しい。彼はわたしより歳下なのに、ずいぶんとおとなだ。
「それに、」
 と、遊真くんがにやりと笑う
「センパイに見られてるとキンチョーしそうだ」
「……ぜんぜん緊張しなさそうな顔だよ?」
 遊真くんはおだやかに目を細めて「うん、今のはウソだ」と言った。その嘘がわたしの――嘘つきのわたしのために紡がれたものであることは、疑いようもなく。そしてそれはちっとも、嫌なことではなかった。畳む

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▼ 怒っている相手に「今日もかわいいね」って言ってはぐらかそうとしたときのss(カフェ・ユーリカのふたり)

「それはそうとして今日もかわいい、ね……」
 青い瞳に2秒後の未来が映ったのは『そ』と言った瞬間だった。時すでに遅し。もう手遅れ。おのれの口から紡がれた音は彼女の鼓膜をあやまたず震わせる。
 あ、あ、あぁぁ……──まちがえた。ちいさな怒りと、おおきな心配に潤んでいた瞳が、冴え冴えと凍る。思わず目を逸らしてしまったのが我ながら情けない。
「迅くん」
 静かな声だった。「はい」かすれた声で返事をして、彼女をおそるおそる窺う。いつも柔和な表情が削ぎ落とされるともともとの冷涼な面差しが際立って……いやその、つまり、今日もかわいいのはそうなんだよね、などと言い訳がこころに浮かぶ。言い訳すぎて口には出せない。
「私の話、聞いていましたか?」
「聞いてました。本当に。あの、ごめん……なさい」
「はい」
「そんなに心配しなくても大丈夫だよって、伝えようと」
「はい」
 淡々とした返事にうまく言葉が出てこない。和解の未来を探り……いや、目の前の彼女と向き合わなければならないことぐらいわかっている。
「話を聞いてなかったわけじゃないし」
「はい」
「その、心配かけて申し訳ないとは、」
「はい」
「あとかわいいって思ったのも本当で」
「はい」
 変わらず淡白な返事、一瞬あとに訪れた沈黙。
 はい、って、頷いたなこのひと。
 彼女の顔をまじまじと見つめると、瞳がそろりと逸らされて──ふっ、と吐息がこぼれた。淡い色のくちびるがやさしく緩んで「もう、」とちいさな文句をこぼす。
「……聞いてたんですね」
「……うん」
「珈琲を淹れましょうか」
「うん」
「でも、言いたいことはまだありますからね」
「聞きます」
「はい。それから」
 キッチンに向かうと思った彼女は一歩こちらへ歩み寄り、すっと踵を持ち上げる。頬にやわらかなキスを落とし、彼女は甘やかに微笑んだ。
「それはそうとして迅くんは今日もかわいいですね」
 にっこりといたずらっぽく笑った彼女は、けれどまだ怒っているのだろう。伸ばした腕からするりと逃げて、キッチンへと向かっていった。畳む

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というわけで無配(無配ではない)です!
置き場に迷ってひとまずプライベッターに載せました。
12/17恋の副作用で合体参加したシグリアさまのお話(pixiv検索で「エンドロールのその先も」でどうぞ…!)とほんのりリンクしています。そちらもぜひ!

クリスマス・ホリデー https://privatter.net/p/10658414

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イベントお疲れ様でした!
1/8インテ/吾が手30、無事にサークル参加することができました。ありがとうございます。
スペースまで来てくださった方、本をお迎えくださった方、本当にありがとうございます…! サイトから来てくださった、読んでたとおっしゃってくださる方もいらして、本当に本当にうれしかったです。感想や応援のメッセージ、差し入れなども…! ほんとうに…! ありがとうございます…! 更新がんばります……!
(差し入れ、残部とともに会場から宅急便してしまったので、中身などは明日以降にゆっくり見させていただきますね…!)

それから通販もはじまっております! たくさん刷ったので大丈夫かと思いますが、万が一品切れになってもイベントあまりの追納分もあるのでご安心くださいませ。
二巻は夏ぐらいに出せたら……と思っております。

イベントの話に戻るのですが、なんとスペースに迅さん(のレイヤーさん)がいらしてくださり…! 動揺とときめきで思い出すだけで動悸がします。素敵だった……。
ノベルティのスタンプカードは、スタンプをぜんぶ押させていただいたのですが、それを持っている迅さん(のレイヤーさん)を見て、「スタンプカードを埋める迅悠一っているんだ……」となり、気持ちが抑えきれなくなったのでSSを書きました。

▼ サンクス・ウィーク(無期限)/店を継いでしばらくの頃

 750円のカフェ・ラッテに千円札を支払う。迅の財布にはちょうどの小銭もあったが、ほんの少しでもやりとりを重ねたくて、ついおつりが出るように支払ってしまう。いやでも小銭は必要なときもあるし、と言い訳を頭のなかで連ねていると、〝カフェ・ユーリカ〟のマスターは、レシートとおつりとともに、一枚のカードを差し出した。「サンクス・ウィークなので」と、彼女がいたずらっぽい笑みを浮かべる。そういえばこんな光景が未来視の片隅にあったような。それから今日の彼女がやけに楽しげだったことも思い出して合点がいく。どうやら早くこのカードを迅に渡したかったらしい。営業時間などが印刷された表面の裏には、8つの升目。そのうちの一つには赤いインクでスタンプが押されている。
「スタンプカードです。ご来店のたびにおひとつスタンプを押します。8つ集まったら、お好きなドリンクをプレゼントしますよ」
「サービス精神旺盛すぎる」
 とても流行っているようには見えない店なのにそんなぽんぽんとサービスしていいのだろうか。迅が言うと、彼女は「新米マスターとして、サービスの向上には努めませんと」とにっこり笑う。無理している様子はないから、全くの考えなしのサービスでもないのだろう、と判断した。
「これ、期限は?」
 スタンプカードに記されていない情報を訊ねる。新米マスターとして――つまり、この夏のはじめに店を継いだ彼女だからこその、期間限定のサービスだとしたら、だいたい一ヶ月くらいだろうか。『サンクス・ウィークス』と言っていたから一週間……は、短すぎるから、彼女の性格からすると延長しそうだ。
「無期限です」
 得意げな顔に、ちょっと笑ってしまった。それでいいのか、とも思うけれど。まあ、彼女がいいならいいのだ。きっと。迅はスタンプカードをありがたく受け取り、財布に――「あっ」と、彼女が声をあげた。
「すみません、それ……名刺サイズなので、お財布のカード入れには入らないです……」
 本当に申し訳なさそうな声が示す通り、小さなカードに見えたそれはカード入れに入らない。同じような大きさに感じたが、スーパーの会員証よりひとまわり大きいようだ。
「じゃあ、お札のとこに入れとく」
 かろやかに告げれば、彼女はすこしほっとした顔になって「ありがとうございます。カードを見て思い出したら、また来てくださいね」と笑みを浮かべる。カードを見なくても思い出すから来ているのだけれど――それが伝わりそうな気配はなかった。

「さて……」
 迅はスタンプカードを見下ろす。8個のスタンプが、そのときどきの角度とインクの濃さで押されている。8個集まるのは、もしかしたら他の常連客よりも頭ひとつ飛び抜けて早かったのかもしれない。レジで彼女が驚いたように、うれしそうにしていたから。
 これでなんでもひとつ、〝カフェ・ユーリカ〟のドリンクと引き換えることができるわけだが――それが、すこし、もったいないような気がして困った。彼女との逢瀬――ただの来店、ではあるけれど――のしるしのようなものだ。だから、手放すのが惜しい。
 しかし、今日の彼女の顔をみると、次に行ったときに忘れたというのも躊躇われる。
 だって8個目のスタンプを押した彼女は、ほんとうにうれしそうに「迅くんの好きな飲み物、なんでもつくりますね」と笑っていたから。
 ――どうしようか、と不揃いなスタンプを眺めながら、迅はくちびるを緩ませながら悩んだ。畳む


無配なかったので無配の代わりです。
ちなみにこのあと烏丸くん(のレイヤーさん)が訪れて、スタンプを3つ押したのですが、先輩に教えられてやってきた感のある個数だな……と思ってひとりでにやにやしておりました。
スタンプの数でいろいろ個性というか背景というか……物語が生まれていくのを感じたので、ノベルティつくってよかったです……。

ただ申し訳ないのですが通販のほうは共通でスタンプ1つとさせてください…! オフイベに参加するときにはスタンプ持っていくので、お越しいただければたくさんおします…!

というわけで取り急ぎのイベントありがとうmemoでした。更新がんばるぞ、本当に。

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