花を贈る日

 爛漫に咲きほこる花の香りが満ちていた。狭い店内にひしめきあうように色とりどりの花がある。小学校のときに使っていた水彩のパレットを思い出した。春の花は花弁がやわらかく、色も淡いものが多い気がする。
「お決まりですか」
 声をかけてきたのは若い女性の店員で、もちろん三輪よりは上だろうが年の頃はそう変わらないように見える。――姉の姿がぼんやりと浮かぶ。ちょうど同じくらいだった。
「……花を、探していて」
 ここは花屋だからそんなことは当たり前なのに、三輪はそう言葉を紡いでいた。店員は人当たりよく、「はい」と頷いて先を促す。
「姉に、贈りたいんですけど、……好きな花を、知らなくて」
 そのことがひどく情けない。チューリップ、パンジー、椿と桜、百合、紫陽花、ひまわり、菖蒲、金木犀。姉とともに見た花はどれも道の端に咲く花で、どんな花が好きかなど考えたこともなかった。
「贈りたいと思う花を贈るのも、ひとつの手ですよ。弟さんが手ずから選んだお花を、お姉さまはたぶん、およろこびになるのではないでしょうか」
 店員の声は優しかった。それにそっと背を押され、「いろは、暖色がいいです」と囁く。
「花は、小ぶりで、香りがよくて、やさしい感じの」
 思い浮かべていたのは姉の姿だ。秀次、と名前を呼んでくれた。いつもたおやかな笑みを浮かべていた、やさしい、おだやかな姉。
 それでしたら、と店員は笑みを浮かべて、三輪をひとつの花の前に導いた。
「ミモザです。これひとつで花束にしても、一枝を花瓶にさしても、他のお花と合わせてもかわいいですよ」
 陽だまりのいろをしていた。あざやかな、光さすような黄。ちいさな球状の花は鈴なりに咲き、綿のようにふわりとしている。顔を近けてかすかな呼吸を澄ませると、あまい香りがした。
 店員にちいさな花束にしてもらうよう頼んだ。笑顔で頷いた店員の手によって、しな垂れる黄が鮮やかな花束が瞬く間につくりあげられる。
 料金を払って、ミモザの花束をうけとった。店員が開けてくれた扉から外へ出た。
 どこからか舞い込んだ桜の花弁が視界を横切る。それを目で追いかければ、つよく吹いた風が花弁を空の遠くまで運んでいく。最初の侵攻から数年が経った春の空は、うつくしく澄んだ青だった。


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