かさ

 雨粒が傘をたたく音。降り始めの雨はよわく、音はかすかなのに、耳障りだ、とかおもったりして。いつまで引きずるのかと笑みが溢れたけれど、傘に覆われてだれにも届かなかったらしい。
 ゆらりとゆれる記憶につられて、彼女の笑みが歪む。いや、どうだろう。元から歪んでいたかもしれない。無理やりに自分を押しこめて、折りまげて、いびつだったのかも。
 それに気付いていたら、気付くことができたなら、彼女はこの傘の下にいただろうか。

 よく、傘を忘れるやつだった。犬飼のちいさな折りたたみ傘はふたりでは狭くるしい。彼女の肩はいつも濡れていた。文句を言われたことはない。犬飼の肩も濡れていることに、きっと気付いていたのだろう。
 互いにあとほんのすこし寄れば、もうちょっと濡れずに済んだろうに、いつもぽっかりと隙間が空いていた。それが、犬飼と鳩原の距離だった。

 濡れることのないひとりきりの傘の下で、犬飼はただぼんやりと、雨音をきいていた。


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