皐月の陽炎

 ピクニックにいこう。と、鳩原はあまりにも"らしくない"ことを言った。「なんで?」犬飼がそう眉を顰めながら返したのは、べつにピクニックに行くのがいやなわけではなく、鳩原がそれを言ったということがいまいち受け容れられないことだったからだ。ピクニックと鳩原未来。微妙に合わないふたつだった。
「天気がいいみたいだから、あした」
 へぇ、と生返事しながら、手元の端末で明日の天気を調べてみる。雲一つない晴天でしょう。能天気な晴れマークがにこにこ笑っていた。鳩原のほうは犬飼を見上げて、そばかすの散った頬をややぎこちなく持ち上げている。
「なに企んでんの?」
「何も企んでないよ」
 ただね、と、鳩原が視線を逸らした。
「5月にピクニックをする、なんていう平和なことが、してみたかっただけ」
「……まあ、べつにいいけど」

 青いリボンに白い花が飾られたつばの広い麦わら帽子を被って、なにやら重たそうなトートバッグを肩にかけた鳩原がちいさく手を振る。あまりにも"らしくない"華奢な白いワンピースが陽光にまばゆく輝いて、犬飼はこれが夢だと気づいた。


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