オーダーコーヒー

 男は花の香りを纏う。手に抱えた花束、柔らかな色合いでまとめられたそれは夏の陽射しの厳しさと暑さを心なしか和らげるようだ。これからお祝いごとでもあるんですか、と訊かれそうな立派な花束を抱えた彼は、何の変哲もない住宅街を気楽な様子で歩いている。
 角を曲がれば目的地はすぐそこだった。白い壁に緑の葉のコントラストが眩しくて、彼は少し目を細めてから、ステンドグラスがはめられた扉へ向かった。

 ――からんっ、いつもと同じ音がする。テーブルを片付けていた月子はその音に導かれるようにそちらへ目を向けた。
「こんにちは、いらっしゃいませ……唐沢さん!」
「こんにちは」
 花束を抱えた人が扉の前に立っていた。その立ち姿がやけにさまになるのは、恵まれた体格と整った顔立ち、そして何より表情に自信があるからだろう。月子に名前を呼ばれた唐沢は、にやりと笑った。纏う雰囲気とは裏腹に、よく表情が動く人なのである。
「昔みたいに『克己お兄ちゃん』と呼んでくれていいんだけどな」
 その言葉に幼い頃を思い出して苦笑する。幼い月子は唐沢のことを『克己お兄ちゃん』と呼んでいた。――初対面で『おじさん』と呼ばれた唐沢がショックを受けたからだ。ケーキで買収され『克己お兄ちゃん』と呼ぶようになった小学生のころの自分のちょろさが心配になる。
 奥のテーブルで本を読んでいた女性客が唐沢に目を奪われているのに気付いて、心の中で同意する。唐沢のような男前が抱えるほどの花束を持って現れれば、月子だってつい見てしまうだろう。
 とはいえ、お客様に居心地のよい空間を提供したい店主としては、対策を講じなければならない。どうぞ、と月子は唐沢をカウンター席に誘導する。計算されたインテリアの配置から、あの席からこのカウンター席は見えにくいのだ。
「そのお花はどうされたんですか?」
「女性のもとを訪ねるのに花束のひとつも用意できない男、と思われたくなくてね」
 そんな言葉とともに花束を渡されて、その香りとかわいらしい花たちに月子の顔が綻ぶ。
「そろそろ表の花もへたってきた頃だと思って」
「ありがとうございます」
 唐沢は時々、こうして物を贈ってくれる。物と言っても消え物がほとんどだけど。それをくれる理由を月子は知っている。
「予定がダメになられたんですね」
「やっぱりお見通しか。そう、予定がダメになったからここに来る時間ができた。この後は本部で会議だけどね」
 つまりは本来贈りたかった相手と会えなかったから横流しということだ。ボーダーの外交役は無駄がない。月子としても行き場のない花が捨てられるくらいなら引き取りってやりたいので、何も問題がなかった。
「そういえば、先週月久つきひささんに会ったよ。ドイツの空港で」
「おじいちゃんに! というか今ドイツなんですね」
「そろそろ月子の顔が見たいわい、なんて言ってた。月久さんのことだからアポなしで帰ってきそうだ」
「心得ておきます」
 世界中を気ままに飛び回っている祖父がカフェ・ユーリカに戻ってくる日が近いかもしれない。もっとも、祖父は三日もすればまた旅に出てしまうのだけれど。
 唐沢にお冷を出し、花瓶に花を生ける。生けるといっても、水揚げをしてから、花束の形を崩さないようそのまま花瓶にさすだけだ。
「おじいちゃん、元気そうでしたか?」
「元気元気、すごい元気。まんまとしてやられたよ。仰木さんが敵わない人に俺が勝てるはずないんだよな。まぁ、負けもしないけどさ」
 唐沢が仰木さんと呼ぶのは、祖父ではなく、父のことだ。唐沢の前職は父と同じだった。祖父も昔は同じ職場で働いていたというので、唐沢は少々やりにくいらしい。しかもそんな祖父はことあるごとに人を試すようなことをする。それは一応、気に入っている証ではあるのだが。
 彼が自分をかわいがってくれるのは父と祖父の影響もあるとわかっているので、月子は祖父の愛情表現を強く止めることもできず微笑むだけだ。
「仰木さんは? 連絡ある?」
「一ヶ月ぐらい前に、詐欺が流行っているから気をつけるようにってメールが来ました。それ以外は特に」
「相変わらずだなぁ、あの人も」
「お盆に帰って来ようとはしてるみたいですが、去年は仕事が入ったみたいですし、どうなるかわからないですね」
 月子が幼い頃から父は多忙を極めていた。記憶を振り返っても父とは『会う』関係で、ともに『過ごす』関係ではなかったくらいだ。祖父曰くなるべく帰ろうとはしてくれていたようだが、月子が成人してからは忙しさに磨きがかかったらしい。自立した、と認められているのかもしれない。
「あ、ご注文はどうなされますか?」
「珈琲を、きみのお任せで」
 いつもの言葉を告げて、唐沢はふぅと息を吐く。忙しいはずの唐沢が、空いた時間に他の予定を詰めるわけでもなくここに訪れたということは、それなりに疲れが溜まっているということだ。
 お任せ――〝オーダーコーヒー〟はメニューにもいちばんに載っている、カフェ・ユーリカの看板商品だ。月子は仕入れてある珈琲豆の種類を思い浮かべる。目の前にいるただ一人のための一杯。それを考えるのは楽しい。
「いやぁ、しかし、克己お兄ちゃんって呼びながら俺のあとをついてきたきみが、こんなに大きくなるとはね」
「おじさんみたいなこと言ってますよ」
 あと克己お兄ちゃんって呼ばせたのは唐沢さんです、と訂正しておく。彼のあとをついていっていたのは事実だけれど。
「俺ももうおっさんだからね」
 片眉をあげておどけたように笑う彼は若々しいのだが、いかんせんできる男の雰囲気が見た目の印象を押し上げる。中身はちゃんと若いことを知っているので、そんなことありませんよと告げておく。
 珈琲豆の種類は決まった。グァテマラのストリクトリーハードビーン。保存瓶からひとさじすくい、ざらざらとコーヒーミルにセットする。オーソドックスにドリップで淹れることにして、月子は準備を進める。
「時間が経つのは本当に早いと思うよ。……でも、ここはあの頃と何も変わらない。変わったのはマスターが老紳士からかわいいお嬢さんになったことぐらいかな」
 目を細めて自分を見つめる唐沢には何が見えているのだろうか。その視線はくすぐったくなるほどあたたかい。かつて兄と呼ばれた唐沢は、どうやら月子のことを本当に妹のように思ってくれているようで、時々とてもやさしい瞳をする。その視線は祖父に似ていて、だからそう呼ばなくなっても、月子にとって唐沢は兄のような存在だ。
「あのときここに来なかったら、俺は今ボーダーであくせく働いていないと思うと、時々、不思議な気分になるよ。運命を感じるというか」
「運命、ですか?」
「そう、運命」
 初めて会ったあの日――唐沢はユーリカを訪れていた父の同僚にスカウトされていたらしい。当時、大学生だった唐沢は別の土地で暮らしていたが、三門の友人の元へ遊びに来ていて、その友人の行きつけであるカフェ・ユーリカに連れて来られた。
 学生にも関わらずその場でスカウトされるなんて、唐沢は一体何をしたのだろう。残念ながら月子がカフェ・ユーリカで唐沢に出会ったのは、父の同僚も唐沢の友人も帰った後だったので事の顛末を知らない。唐沢や祖父に訊いても誤魔化される。けれどそれをきっかけとして、唐沢は父と同じ職場で働くことを選んだ。
「俺がボーダーで働いているのは、きみのお父さんと同じ仕事をしていて、それを評価されたからだ。じゃなきゃ俺は、きっとボーダーで戦えなかった」
「唐沢さんは、ボーダーに入りたかったんですか?」
「……どうかな」
 静かに言う唐沢は、接客を通じて多くの人に接してきた月子にもその底がわからない。それこそ父や祖父なら唐沢を翻弄もできるのかもしれないが、月子には無理だ。だから素直に訊く。
「じゃあ、ボーダーに入ったことを後悔してますか?」
「……いいや。俺は俺の力で戦えることが嬉しいよ。残念ながらヒーローにはなれなかったけどね」
 苦笑する唐沢がわずかに疲れを滲ませたのは気の緩みだろうか。唐沢はいつも頼れる兄のように振舞っているので、弱さを出すことはめずらしい。
 その弱さは気付かないふりをする。昔なら絶対に見せてくれなかっただろうなと、月子は子どもの頃を思い出して微笑んだ。幼い月子は、カフェ・ユーリカでたまに会える、ちょっと意地悪なところがありつつも面倒見が良く、色んなことを教えてくれる、おおよそ完璧な兄のようだった唐沢のことが大好きだった。
「私にとっての唐沢さんは、昔も今もヒーローですよ」
「それはありがとう」
「信じてませんね」
「ヒーローみたいにきみを助けたエピソードは持ってないからね」
「そんなことありません。唐沢さんがいることで救われる人だっているんですよ」
「それは俺がきみに言った言葉だ」
「ばれちゃいましたか」
「そりゃね」
 ――きみがここで美味しい珈琲を淹れてくれると救われる人もいる。
 かつて唐沢はそう言って月子がカフェ・ユーリカにいることを肯定してくれた。その言葉が本当だと、月子の淹れた珈琲で救われる人がいるのだと、心の底から思ってはいない。
 けれど唐沢がそのことを覚えていてくれたことが、月子はうれしい。この言葉に救われた月子は、確かに存在している。
「救われたのは本当ですよ」
「きみにそれだけの力が元からあっただけさ」
「素直にお礼を言わせてください」
「ラグビーをやってたからね、不器用なんだ」
「ラグビー何も関係ない!」
 ふっ、と笑う唐沢に完全におちょくられている。月子は一旦動揺を鎮めてから、コーヒーフィルターにお湯を注ぐ。最初の蒸らしの段階でふっくらとふくらむ珈琲豆と、ふんわり広がる香りが好きだった。グァテマラは特に香りがよい。
「まあ、どうやら俺は俺でヒーローっぽく見えてるってことかな」
「ぽく、ではないですよ」
「きみは相変わらず変なところで強情だな」
「褒め言葉ですね」
「そういうところは本当に月久さんの孫って感じがするよ」
 呆れ混じりに言われたのでにっこりと笑みを返す。ドリッパーにお湯を注いで、ふくらんで、それからしぼんでいく珈琲豆を見つめた。頃合いを見計らって、ドリッパーを外す。
「……きみがここにいるのは運命だったと思うかい?」
 唐沢に訊ねられて、月子は少し考えた。運命――ちょっと前、そういえば迅がそれについて語ってくれたことを思い出す。
「迅くん曰く、運命っていうのは選択の結果らしいですよ。――だから、私がここにいるのは運命です。私がそれを選んだのは、本当のことなので」
 迅は、『だからおれがここに通い続けて、月子さんとこうして話しているのも運命』と言っていた。運命という言葉はロマンチックなものだと思っていたので、そんなことを迅から言われて苦笑したことを覚えている。
 ああいうことを言えるのならモテそうなのだが、迅にその気配はなくて少し心配になったのは秘密だ。月子は迅のことをかわいいと思うのだが、同年代の子にはウケが悪いのかもしれない、と余計なことも思っていた。
「……そう、迅くんが。彼が未来や運命について語ると含蓄がある」
「そうなんですか?」
「ま、若者の言葉はおっさんに染み入るってことだ」
「またそんなことを……私と唐沢さん、八歳しか変わらないじゃないですか」
「八歳差を『八歳しか』って言えるなら、彼にも勝ち目がありそうだね」
「彼、ですか」
「こっちの話。でもまあ、きみがそう言うならもうちょっと若いつもりで頑張ってみるよ」
「ラグビーもやってましたしね」
「そうだね」
「やっぱりラグビー関係あるんだ……」
 陶器のカップに褐色の珈琲を注ぐ。外側に黄色い花が描かれた白地のカップは唐沢が持ってきた花束の、月子なりのお返しだ。
「お待たせしました。本日はグァテマラの〝ストリクトリーハードビーン〟――最も標高が高い土地で、良質に育つと言われる豆で淹れさせていただきました。コクと香りが特徴で、ストレートがおすすめです。しゃっきりしますよ」
 唐沢の前にカップを置く。すん、と鼻を鳴らした唐沢が「確かに」と呟いた。グァテマラのフルーティな香りは唐沢好みのはずだ。ストレートで一口飲んだ唐沢の口元が綻んだのを見て、月子はほっと胸を撫で下ろした。
「……きみは俺の言葉に救われても、信じてはいなさそうだったけれど――俺は本当に、きみの淹れる珈琲に救われた人間だよ」
 月子の淹れた珈琲がどのように唐沢を救ったのかまではわからない。救えたとも思わない。けれど少なくとも、やっぱり、そう言ってくれる唐沢に、月子は救われる。
「ありがとうございます」
「信じてないな」
「まだまだ精進していく所存ですので」
「疑り深いところは仰木さん、前向きなところはきみらしい」
 さすが親子三代と関わりが深いだけのことはある台詞を紡いで、唐沢は肩をすくめた。昔はもうちょっとリアクションが大人しかった気がするのだが、世界中を飛び回った結果なのだろうか。そのわりに月子の父はこういうリアクションをしないので、少し不思議になる。
「ああ、思い出した、仰木さんがもしも帰ってきたら、一報を入れてくれると助かる。あの人、なかなか捕まらなくてね」
「わかりました」
「もちろん、用件がなくてもいつでも連絡をしてくれていいけど」
 ニヤリと笑った唐沢に苦笑を返す。彼の忙しさはよく知っていた。月子の性格からして用もないのに連絡をいれることはない。唐沢もそれをわかっているはずだが、笑ったままだ。
「かわいいかわいい妹分からの電話だ、いつでも出よう。仰木さんや月久さんに相談しにくいことも、『兄』にならできるんじゃないか?」
「では、二人には秘密にしたいことができたときに」
「そうそう、経営から恋の悩みまで何でも受け付けるよ」
「おかげさまでどちらも縁遠いです」
「……前途多難……」
「え?」
「こっちの話。きみは気にしなくていい」
 追及しようにも珈琲を飲み始めたので、好奇心を抑えて黙る。
 奥のテーブル席に座っていた女性客のお会計が入り、月子はレジの方へと向かった。女性客はカウンターで珈琲を飲む唐沢をちらりと見ている。何度か来店はされているがそれほど親しいお客さんでもないので、絵になる人ですよねと言うのは堪えて、お会計を済ませた。「ありがとうございました」と見送り、心の中ではお気持ちわかります、と同意しておく。

 カウンターに戻れば唐沢は通信端末を操作している。次に会議が控えていると言っていたから、その準備か、あるいはもっと後の予定のことかもしれない。唐沢はとにかく忙しい人なのだ。集中しているらしい唐沢の邪魔をしないよう、音に気をつけながらカウンターの中を片付ける。
 ふと視界に唐沢の持ってきた花が入り、店に花があるのはやっぱりいいな、と思った。普段は庭で摘んだ花や、時々もらうものを飾るばかりだが、定期的に購入して飾るのもいいかもしれない。
「花、気に入った?」
「ばれちゃいましたか」
「ばればれだ」
 通信端末を手にしたまま、唐沢は月子に視線を送る。画面に集中していると思ったのに、油断ならない人だ。
「やっぱり、花があると店の中が明るいな、と思いまして。いただくのをあてにするんじゃなくて、買うのを習慣にしてもいいかなと思ったんです」
「きみが欲しいなら毎週届けるけど」
「かわいがっていただけて恐縮です。唐沢さんのファンから刺されそうでこわいですが」
「いやその発想が恐い」
「でも東くんにはファンがいるらしいですよ」
「……ああ、まあそれはわかる」
「唐沢さんにも当然いるでしょう?」
「当然って……きみね」
「というか私が唐沢さんのファンですから」
「……刺されるのは俺か……」
「?」
「おっと、何でもないよ、聞き流してくれ。ファンと言うなら、それこそ俺や東くん、迅くんはカフェ・ユーリカのファンだ。世界っていうのはうまくできてるものだね」
 おどけて言う唐沢に笑みを返して、花瓶に生けた花を見る。幼い頃から唐沢は月子に色々なものをくれた。とりとめのないものだったけれど、どれもとてもうれしかったことを覚えている。
 兄のように慕い、ヒーローのように憧れ、そしてそれはおそらく、幼い月子にとって初恋と呼べるものだったのだろう。憧憬と言い換えてもいい、恋と愛の区別もない淡い思慕だ。
 あえてあの気持ちをそう呼ぼうとは思わなかったし、今はもうそんな感情も抱かないけれど――どちらにしろ唐沢は大切な人だ。「カフェ・ユーリカをご贔屓にしていただきありがとうございます」と頭を下げて、月子はそっと微笑んだ。

   *

「さっき本部で唐沢さんに励まされたんだけど、月子さん何か知ってる?」
 カウンター席に座るなりそう訊ねてきた迅に、月子は首を傾げる。
「いえ、特には……あっ、でも、前に迅くんが言っていた話を少ししましたよ。運命はその人の選択の結果、ということを」
「唐沢さんのことだから何か理由があると思ったんだけど……月子さんじゃないのか」
 ふむ、と迅は顎に指を添えて考えこんでいる。真剣な顔のときもどこか気が抜けたように見える青い瞳はやっぱりかわいいな、と月子は柔らかく笑った。
 お冷やを出せば、迅が「ありがとう」と礼を言って受け取る。こういう細やかなお礼など気配りもできるし、彼女の一人や二人いそうだが、やはり迅にその気配はない。二人いるのは少々倫理的な問題があるからいいのだけど。
「……迅くんの初恋はいつでしたか?」
「ッ、っごほ、っぇ⁉」
「だっ大丈夫⁉」
 思いっきり咽せた迅の背中を慌てて身を乗り出して撫でて、落ち着くのを待つ。
 気管に入ったのか、迅はしばらくげほげほと咳き込んでいた。
「……、けほっ、……なんで、急に、初恋?」
「何となくです。でもびっくりさせてしまいましたね、ごめんなさい」
「月子さんが謝ることじゃないよ。おれが驚いただけだし」
「ですが……」
「じゃあ月子さんの初恋は?」
「えっ」
「月子さんの初恋のことを教えてくれたら許す」
 きらんっ、とその目が輝いていた。少しばかりキリっとした顔つきにどうしてそこに食いつくんだ、と思いつつ、負い目はあるので困る。
「あー……えーっと、」
「うん」
「…………小学生のとき、常連のお客さん、ですかね」
「ほうほう」
 嘘はついていない。ついていないので許して欲しい。相手は迅も知る唐沢だとは言えず、月子はちょっとだけ罪悪感を抱きながら答える。
「おれの初恋はね、月子さん」
「はい」
「……」
「……初恋は、何ですか?」
「わかってた。初恋はね――内緒だよ、月子さん」
 モテそうなのに彼女がいる様子がないのは、恋愛に興味がないせいだろうか。月子はそんなことを考えながら、今日の注文を迅に訊いた。


close
横書き 縦書き