とるにたらない鉛色の

 蜂蜜色の西日が彼の顔にとろりとした陰影をつくっている。力強い眼差し、きりりと吊りあがった眉に骨のかたちが見えるような鷲鼻、きゅっと結ばれた薄いくちびる。精悍、という言葉が思い浮かぶ顔立ちは、ともすれば不機嫌そうにも見えるのだけれど、ひとたび言葉を交わすとその印象もくずれる。ちょっとアンバランスなくらいに。けれど彼の内面(例えるに相応しい言葉を持ち合わせてはいないのだけれど、あえていうのなら人の良さとでも呼ぶべきもの)が外見に滲み、特有の不思議な魅力をかたちづくっているのだろうとも思う。
 しみじみと眺めていると、その視線がふいにわたしを捉えた。
「アカンな、こんなカワイイ子に見つめられると惚れそうなるな」
「惚れないで」
「ハイ」
 しゅん、と眉が下がった。
「生駒くん」
「ハイっ」
 声をかけると、再びキリッとした面持ちになった。犬みたい、とは口が裂けても言えないので、黙って鉛筆を走らせる。その輪郭を、黒鉛で撫でる。紙と芯がすれあうやわらかな音が重なり、白紙だったキャンバスに、少しずつ鉛色の彼が現れる。色を塗るつもりはなかった。そこまでする時間はないし、意味もない。きっと、この絵は描き終えたら捨ててしまうだろうから。
「……なんで俺なん? とか、訊いてええ?」
 手を止めたのを見計らったように、低い声が問う。絵のモデルを頼んだ理由のことだろう。今更だなあ、なんて思いつつも、二つ返事で引き受けてもらったことに甘えた自覚もある。バランスを見るために反らしていた姿勢を戻し、いくらか先が丸くなった鉛筆で慎重に眉を描き足しながら答えた。
「顔が好みだから」
「まじで」
「うそ」
「ひどい! タツコ泣いちゃう!」
「あ、いいよ」
「いいよて」
「見てみたいかも」
「かもて。そこは絵に描きたいからとか理由あってほしかったわ」
「まあ描くと思うけど……生駒くん綺麗だから」
 うぐっ、と生駒くんが言葉を詰まらせた。珍しく口籠もった様子で明後日に視線を飛ばし、それから「キレイは俺に言うことちゃうやろ」とため息混じりに呟く。
「じゃあ、カワイイもわたしに言うことではありません」
「なんでやカワイイにカワイイは言うやろ」
「それと一緒」
「……アカン、タツコときめいてまうわ」
「生駒くんの絵を描く理由はね」
「えっ嘘やん無視? いやむしろそっちが本題やけどな」
「――内緒」
「引っ張ってそれか!」
 ビシッとちゃんとツッコミのふりをしてくれた彼に、ちいさく笑う。
「まあ、理由なんて何でもええけどな。みょうじさんの絵好きやし」
「……ありがとう」
 こころから、それを口にした。ごめんね、の代わりに。
 言えるわけがない。剣道部の練習中に見かけた横顔に一目惚れしたことだとか、話してみてもっと好きになったことだとか、あなたの言うカワイイにいちいち心が乱れてしまうことだとか、あなたがこれから三門に――わたしの生まれ育った街に、化け物と戦うために向かうからだとか。そんな、とるにたらないくせしてちょっと重たいことは。
 ……それから、そう、だってこれはだれのためでもなく、わたしのエゴで、べつに彼のためにならないことを知っているから。その気まずさが、手を動かしていないとこぼれそうになる。
「生駒くん、顔戻して」
「ハイ」
 素直に姿勢を正す彼を、キャンバスにうつしとった。これはとるにたらない、同級生との思い出のひとつだ。


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