花束と雑談

「冬でも元気やなぁ」
 三門市の花屋『百花荘』の店内を見渡しながら、生駒達人はそうこぼした。カウンターで花束をつくっていた百花荘の一人娘は、ちいさく笑みを浮かべて答える。彼が言っているのは自分のことではなく、小さな店の中で爛漫と咲き誇る花たちのことだ。
「温室で季節をずらして咲かせてるの。一年中出回る花も多いよ。バラとかカーネーションとか、人気の花は特に」
 いまつくっている花束も、バラをふんだんにあしらったものだった。生駒からの注文ではなく、予約のあった花束だ。両親やバイトの人が受け取りの時間にいられないと言うのでお鉢が回ってきた。
 ほんとうなら、この時間は生駒とデートしていたはずなのに。予定が潰れたのに恨み言ひとつなく、『花束つくっとるん見るの好きやで』と笑った生駒のことを、好きだなぁとしみじみ思ったのはまだ言っていない。
 この花は誰のもとへいくのだろう。考えながら、一輪ずつ合わせていく。
「冬の花ってなにがあるん?」
「うーん、スイートピーとか、チューリップも今ぐらいから出るかなぁ。単純に、冬に咲くならクリスマスローズとか」
「ツバキは? こないだ咲いとった」
「あれは春。漢字も木偏に春でしょう? 寒椿もあるけど。それか、生駒くんが見たのはサザンカかも」
 少し、色合いがきついだろうか。合わせていた真紅のバラを避けて、オレンジのものをあてがう。生駒はちょこちょこと近づいて、手元を覗き込んできた。
「サザンカってどんなやったっけ」
「見た目はツバキと似てるよ。比べると少し花びらが開き気味かな。ツバキの花はそのまま落ちるけど、サザンカは花びらが散るの。冬に咲いてるのはだいたいサザンカ」
「詳しいなぁ」
「花屋だから、多少はね。ちなみにさっき言ったクリスマスローズはバラじゃないよ」
「いやバラちゃうんかい」
 予想通りの反応が楽しい。オレンジとピンクのバラをまとめ終わったので、外側にレモンリーフを合わせる。レモンの形をした葉は、柔らかで明るい色合いだ。花束の雰囲気を優しくしてくれる。
「クリスマスの時期に咲くバラによく似た花だからクリスマスローズ」
「適当やな」
「だよねぇ。農家の方が言ってたらしいんだけど、クリスマスローズはさみしがりやなんだって。ずらして植えても一斉に咲いちゃうから困る、って」
「なんやカワイイな」
「だよね。花屋としても一斉に咲かれると困るんだけど」
「いやそっちやなくて」
 ん? と顔をあげると視線が絡む。どこか生真面目な顔と真摯な瞳が捉えているのは花ではない。あっ、と理解して顔が赤くなる。
「ど、どこが……?」
「さみしがりやとかいう言葉選びとか」
「いや、それ、だから、農家の方の言葉だし」
「困るとか言いつつわろてるんがカワイイ」
「や、やめ! やめ!」
 降参だった。油断も隙もない。付き合っていくらか経つのに、生駒はカワイイと言うことをやめない。すぐに言うのは禁止だと言ったのに。言われ続けているのにいちいち照れてしまうのは、いい加減どうにかしたいところだ。
「完成?」
 花束を輪ゴムで纏めているのを見てか、生駒が言う。話しつつも手は動かしていた。カワイイと言われて何も手につかなくなっていた頃よりは成長している、と自分を励ます。花のために切り口に水を含んだ脱脂綿をあてがって、ラップとアルミホイルで包んだ。
「うん、あとは和紙で包んで、お渡しして、終わり」
「終わったらデートやな」
「う、う、そうです、ね」
「なんで照れるん」
「照れてませんけど」
「照れると敬語になる癖、はよ直るとええなぁ」
「……生駒くんうるさい」
 花束のイメージは暖色系の明るいもの、リボンの色はピンクがいいと言付かっている。和紙はカスタードクリームのような黄色を選んで、ピンクはぱっきりとした色を結ぶ。電話での予約だったから、受け渡しのときに多少修正は必要だろうが、ひとまずはこれでいい。
「あかん、怒られてしもた」
「怒ってないです」
「せやな、照れてるだけやったな」
「照れてないです」
「ツンツンしてんのもカワイイなぁ。きれいなバラには棘ある言うし」
 花を手に持っていなかったら脇腹を小突いていた。おのれ生駒達人、なんて思っていると、百花荘の扉がきぃと音を立てて開く。
 入って来たのはサラリーマン風の男性で、外が寒かったのか鼻の頭が赤い。
「あのー、花束をお願いしてたんですけど」
「佐々木様ですか? ご用意しております」
 相手が頷いたの見て、持っていた花束を見せる。生駒はいつの間にか少し離れて、接客の邪魔にならないようにしていた。
 ふわり、と男性の頰がほころぶ。花を見る人の、その笑みが好きだった。
「いいですね」
「ありがとうございます。何かご要望はございませんか」
「いえ、大丈夫です。値段は……」
「ご予算ぴったりでお作りさせていただきました」
 笑顔を浮かべながら答えると、ありがとうございます、と男性も微笑む。
 このあと、この花束を渡す人に会うのだろう。そわそわとした様子に手早く会計を済ませると、男性は足早に店を出ていった。
 入れ違いに生駒が近寄って来る。なんとなく、よく躾けられた犬みたいだなと思った。
 時計を見ると花束の受け渡しは思ったよりも早く済んでしまったようで、店番はもう少しだけ続けなければならない。
「父か母か、バイトさんが来たら上がりますけど、ここで待ってる?」
「んー……どないしよかな。流石にお父さんに見られるのは恥ずかしいよなぁ」
「生駒くんにも恥ずかしいって感情あるんだね」
「いや俺は恥ずかしゅうないけど。ええの?」
 こてん、と首を傾げられて。彼が自分を気遣っているのだと気付く。確かに。父に、店で恋人と会っているところを見られるのは、気まずいし恥ずかしい。買いに来たお客さんです、という顔をしていれば花が逢瀬を隠してくれるけれど、父と恋人が同じ空間にいるのはこちらの身がもたない。
「……外で待っててください。寒いので申し訳ないけど」
「ええで。どっか入っとるし。店出たらまた連絡してな」
 こういう気遣いはできるのに、カワイイと言ったり照れているのをからかったりするのは何故なのか。多分わざとなのだろう。怒らないのを読まれている。
「うん、それじゃあ、あとで」
 頷いて、カウンターの上に散らばった短い茎や落とした葉を集める。
「……行かないの?」
 生駒の視線がまだささっていた。じっ、と見られている感覚に慣れるどころか敏感になっている。
「言っとこ思て」
「なにを?」
 きっとろくなことじゃない。思いつつも顔をあげて、その瞳を見つめてしまったから、すっかり惚れている。
「仕事してるときのキリってしとる感じすっごい好き」
 言うだけ言って、生駒は「ほなあとで」と背を向ける。また、とその背に手を振って。きぃ、と扉が軋んでばたん、と閉じてから――両手を顔で覆う。
 おのれ生駒達人。か細い声で呟いてみたけれど、花の香が揺れることもなく、熱に浮かされたささやきは溶けていった。


close
横書き 縦書き