初めてをちょうだい

「いい? いくよ」
「うん」
「せー、のっ」
 響いた銃声はひとつきり。トリオンの煙が細く伸びて、鳩原のからだがぐらりと揺らぐ。本物よりもずっと反動を減らしてあるという拳銃は、それでもどうしてか銃口がてっぺんを向いていた。鳩原が手にしていたそれは、相変わらず犬飼の心臓のうえに押しつけられている。いま、このからだのなかに、心臓なんてないけれど。
「……はとはら」
 ごめん、と、そのくちびるが動いた気がした。トリオン供給機関を正確に撃ち抜かれて、鳩原はもうトリオン体を維持できない。
 ベイルアウトの軌跡を見送りながらため息をついた。仮想戦闘だから、あと数十秒で鳩原はふたたび犬飼の前に戻ってくる。新しいトリオンのからだを携えて。
「いつになったらおれを撃ってくれんだろうね」
 からりと乾いた仮初めの空にこぼれおちる。すべてお膳立てして、あとは引き金をすこしつよく引くだけだった。それなのに鳩原はちっとも撃てやしない。撃たれても無事なことだって身に染みてわかっているくせして。
「せっかくバージンをもらってやろうって言ってんのにさぁ」
 さっさとしろっての。


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