絹糸

 リボンを解き、包装紙を破かないようにそっと開く。そうして現れた小箱には、品のよい格子柄のネクタイが収められている。柔らかく光を帯びる生地に「シルクか」と呟くと、ブラウニーと珈琲を盆に乗せた幼馴染みは「目利きだね」と静かに微笑んで応えた。
「高かったんじゃないか?」
「過去三年分だと思っておいて」
 幼馴染みが悪戯っぽく笑う。唐沢はちいさく肩を竦め、それから囁くように礼を告げる。小箱から取り出してみると、予想通りに滑らかな感触が指を撫でる。そこらで売っているような化成品でないことは明らかだ。光にかざすと織り目の精緻さが際立ち、生糸ならではの柔らかさと輝きがある。
「つけてみてもいいかい」
「どうぞ」
 唐沢の向かいに座った幼馴染みが頷く。ちょうど襟のあるシャツを着ていてよかったと思いながら、慣れた手つきでネクタイを結んでいく。いつもは喪服のような黒を結ぶので、視界に映るその色がどこか新鮮で、面映ゆかった。
 彼女はブラウニーにも珈琲にも手をつけず、星を宿したような瞳を蕩けるように細めて唐沢の手元を見つめている。きゅっと結び目の位置を整えて手を離し、彼女に視線で問いかけた。ふっと吐息を零すように笑みが咲く。
「うん、思ったとおり似合っている」
「……ありがとう、大事にするよ」
 これはバレンタインデーの贈り物、だそうだ。少しだけ焦げつくような熱を溜息に押し込める。穏やかに微笑む幼馴染みは、男にネクタイを贈る意味など知りはしないだろうから。


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