いつか思い出すきみの言葉

「歌川くんもいつか隊長さんになるの?」
 わたしが尋ねると、それまで饒舌に『風間さん』のことを語っていたくちびるがぽかんと開いたままうごかなくなる。どうやら予想外の質問だったらしいぞ、と察して慌てて両手を振った。
「あの、ごめん、ふと思っただけで……難しいことだったら答えなくていいので……」
 勉強の合間、歌川くんと交わす会話はわたしにとって人生でいちばん大事な時間だ。歌川くんが聞き上手なのもあってついわたしばっかり話してしまうのだけど、最近、ボーダーに関することを教えてもらうというていをつくると、歌川くんがたくさん話してくれることに気付いた。もちろん一般人には言えないことも多いから話せないこともあるみたいだけど、断片的でも歌川くんが教室の外ではどんなふうに過ごしているのか知るのはとても楽しい。
「いや、そういうわけじゃないんだ……ただ、自分でも色々考えてたところだったから驚いて」
 その返事にほっと息をつく。歌川くんとの会話、特にその糸口を探ることは、まっさらなノートにお気に入りのペンで何かを書き出すときの気持ちに似ている。どきどきして、わくわくして、失敗がこわくもあるけれど、一度でも線を引いたら飛び込んでいけるような、そういう感覚だ。
「考えてたって、隊長さんになること?」
「ああ……個人的にはずっと風間隊にいたいけど、それも難しいだろうな、とか」
「そうなの?」
「そういう決まりがあるわけじゃないけど、ある程度の経験を積んだら新しい隊をつくる人が多いかな。それに……風間さんは、たぶん、いつかはオレたちに隊を持たせたいんだと思う」
 何かを思い出したのか、歌川くんのすこし鋭い瞳が思慮深く伏せられた。その大人びた表情に見惚れ、そしてすこしさみしくもなる。ボーダーのことを聞くのは好きだけれど、生きている世界が違うような気もしてしまうのだ。でも、歌川くんは確かにわたしのクラスメイトで、そして一応、恐れ多いことに、恋人でもある――おなじ世界に生きているひとだ。
「信頼されてるんだね。歌川くんなら隊長が務まるって」
「だといいんだけどな」
 謙遜めいた苦笑に「絶対そうだよ」とわたしは言葉を重ねる。わたしはボーダーのことはよくわからないけれど、歌川くんのことは人よりすこし知っている。歌川くんは努力家で、人の機微に聡くて、思いやりがあって、親しみやすくて、ちょっと心配になるほどかっこいい。それがわからないなら『風間さん』に一言物申したいくらいだ。
「もしもそのときがきたらがんばってね――歌川隊長?」
 いたずらまじりに呼んでみると、歌川くんがぱちりとまばたきを落とす。それからすこしだけ頬を赤らめて「ありがとう」と囁いた。もしかして、照れた、のだろうか? 楽しくなって歌川隊長と何度も呼んで、ついには「勉強に戻るぞ」と叱られてしまったので、ちょっと反省した。


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