かえりみち

 しんと静まった凍てつく夜を歩く。雨が降ったのか、アスファルトは濡れていた。風は頬をひりりと撫でて、マフラーの隙間からひゅるりと冷気が入りこむ。
「さみい」
 と、隣を歩く太刀川くんが言った。「そうだね」何度目かもわからない言葉を返すと、白い吐息が広がって消えていく。さほど遅い時間でもないから、ひとりで帰ってもよかったのだけれど。ちらり、と寒さに赤らんだ頬と耳を見る。でも、ちょうどボーダーに行くとこだと言われたら、断る理由はない。
「おっ、自販機あるな。なんか買おうぜ」
「あったかいもの?」
「おう。いいな、コンポタあんじゃん」
 自動販売機の白い光が夜にぼうっと浮いていた。煌々とあたりを照らすそれは街灯の役割も果たしているのかもしれないが、眩し過ぎてぱしぱしと痺れる感じがする。目を細めて明順応を待っている間に、太刀川くんはコーンポタージュを買っていた。そのまま「おまえは?」と問われて反射的に「お茶」と返す。どこの自販機にもたいていあるはずだ。
 太刀川くんは、ココアを買った。ガコンと自販機が震える。
「おらよ」
「ありがとう……どうしてココア?」
 手渡されたそれを大人しく受け取る。コートのポケットに避難していたはずの指先はそれでも冷えていたらしく、じんと熱がしみた。太刀川くんはコーンポタージュのプルタブをあけて、ごきゅりと飲みはじめる。猫舌なのですぐに飲める彼がすこしうらやましい。
「そっちの方が好きだろ」
 言いながら彼が歩きだしたので、私もそのあとを追う。ココアはまだ飲めなかったので、お手玉のように持つ手を入れ替えながら指先をあたためる。
「ちがったか?」
「ちがわなかった、けれど」
「けど?」
「……ううん、ありがとう」
 たぶん、太刀川くんは私の答えを聞く前にココアのボタンを押してしまったのだろう。彼はあんまり人の話を聞いていない。けれど不思議と、外さないのである。


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