シーツにささやき

 夜明け前の光がカーテンの向こうから淡く室内を照らしている。真っ白いシーツはそのわずかな光もよく反射して、そこに眠るひとを薄闇に浮かびあがらせていた。そうっと毛布から腕を出し、彼の頬を撫でる。しゃりりと思いのほか大きな衣擦れの音が響いたけれど、当真くんは深く眠っているようで、目覚める気配はなかった。それをいいことに、わたしの指先は彼の精悍な輪郭をたどり、すらりと高い鼻梁をなぞる。特別な手入れなどしていないという肌は若さのためか張りがあり、大きくて薄いくちびるは暖房のせいか乾いていた。
「……ん、……」
 と、悩ましげな声とともに吐息が指先をなぶり、その熱さにぴくりと手が震える。息をころして待てば、再び穏やかな寝息が聞こえはじめた。ほっと息をつき、額にかかった前髪をよけてやる。いつものリーゼントも、お風呂上がりの下ろしている髪型も、どちらもすきだと言ったら『俺が髪下ろしてるとこ知ってんのはなまえさんだけだ』と言われたことを思い出して、声をひそめて笑った。わたしを照れさせてやろうという魂胆が透けてみえて、妙にかわいかったのだ。
 じゅうぶんに堪能して、冷えはじめた指先を毛布のなかへ戻す。そして彼の心臓のあたりに額を寄せると、とくとくと鼓動が聴こえた。瞼をとじる。冬の朝は時間が読みにくいけれど、今日はわたしも当真くんも休みだから、まだ眠っていられるはずだ。
「もうおわり?」
 低い声が囁くと同時、指先は絡め取られた。寝返りを打つようにからだの向きを変えた当真くんが、左腕を伸ばしてわたしの頭の下に滑りこませる。彼はわたしの枕になりたがる。もう枕はふたつあるのにだ。それにしてもこの俊敏な動き、間違いなく彼は途中で起きていたに違いない。
「おわりです。おはようのキスをしていないので」
 くすくすと笑い、当真くんを抱きしめつつ毛布へ潜りこむ。当真くんは「悩ましいとこだな」と呟きながらもわたしを抱きしめ返し、やがて夢のなかへ旅立っていった。


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