となりをあるく

 諏訪さんは、寒い季節もそうでない季節も、たいていはポケットに手を入れて歩く。昔そのことを聞いてみたら『なんか落ち着くんだよ』といつもの不機嫌そうな顔で言っていた。
 態々その手をポケットから出させるのも悪い気がする。だから、隣にいるときはポケットに入ったままの諏訪さんの腕に、自分の腕を絡めるようにして歩いた。諏訪さんは『歩きづれえ』と文句を言ったけれど、振り払うことはしない。
 脇腹に沿って置かれた腕の、ぴたりと閉じた隙間にそっと指先を差し込んだとき。諏訪さんはすぐに気付いて、『なんだよ』と嫌そうな声を出す。けれど腕の力は決まって緩められて、私の腕がするりと入るぶんだけの隙間がつくられる。それが、なんだかすごく、好きだった。
 そんなことをしばらく続けていれば、諏訪さんも腕を組まれることに慣れてくる。嫌そうな声が紡がれず、ただ私がその隙間に触れれば力が緩められるということを繰り返したある日。
 私が隣に立つと、諏訪さんは手をポケットに入れたまま、そっと力を緩めて、腕と脇腹の間に隙間をつくった。まだふれてもいないのに。それに気付いて、思わずぱちりと瞬いた。
 その、ちいさく空いた隙間は、私が腕を差し入れるための隙間だ。私が隣にいないとぴたりと閉じられて、近づくと開くのだから、そうに違いない。腕を組まなくても、組むように促されるわけでもなく、だからきっと無意識なのだろうと伺える。
 じわじわと緩んでいく頬を抑えられない。するり、と隙間に腕を差し入れて、いつもよりもぎゅっと抱えるようにからだを密着させる。
「諏訪さん」
「んだよ」
「今、私のために隙間を開けてくれてましたよね」
「あぁ?」
「腕。私が手を伸ばす前から」
「気のせいだろ」
「無意識だったのは、正直、とても嬉しいですね?」
「うっせ。知るか。……もうしねぇよ」
 ああ、からかいすぎてしまっただろうか。そっぽを向いてしまった諏訪さんが、怒っているわけではなくて、ただ照れているだけだと知っている。隙間をこじ開ける楽しみもそれはそれであるけれど、でも、ちいさく開いた隙間に、笑みが止まらないほど嬉しくなったのは、ほんとうだったのに。残念だなぁ。
 と、思った翌日。私が隣に立てば、やっぱり諏訪さんは、腕と脇腹の間に隙間をつくった。それが無意識なのか、それともあえてなのかはわからない。けれど、どっちにしろかわいいひとだと、緩む頬を抑えきれなかった。


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