小鳥のいない窓辺

 小鳥が囀る。その声に気付いて本から顔をあげれば、那須玲は窓を見つめていた。彼女の部屋で話すでもなくそれぞれ本を読む時間が私は好きだったのだけれど、開いた本をそのままに、彼女はぼんやりと外を眺めている。
 夏の兆しを見せ始めた空もまだ風は心地よく、レースのカーテンといっしょに彼女の短い髪もそよぐ。彼女が髪を短く揃えているのは、入院生活中の手入れが楽になるからだと言っていた。
「なんの鳥だろう」
 呟くと、彼女がこちらに顔を向ける。ゆるやかな微笑みだったが、耳はまだ小鳥を追っているようだった。
「さあ、私も見たことはないの。窓のほうには来ないから。でもパンくずを置いておくと、ときどきなくなっているのよ。それが楽しいの」
 ――前に映画で見たワンシーンを思い出す。窓が好きだとその人は言っていた。窓は一枚の絵画のようだと静かに笑っていた。私なんかだと、3日と見つめれば代わり映えのしない景色はつまらないと思うのだろうけれど、その人は空や草木の変化を見つけて愛おしんでいた。ちょうど、目の前の彼女のように。
 彼女はこの窓からの眺めをどれだけ見つめてきたのだろう。視線は優しく、愛しげに見えた。小鳥の囀りもこの一枚の絵画にしてみればとても美しい『色』なのだ、と思う。
「いつか、来るといいね。小鳥」
 声だけと言わず、さっさとこの窓辺に、このきれいなひとの傍に侍れよ小鳥、と思ったけれど。そんな棘まみれの言葉は飲み込んでなかったことにする。
 部屋のなかでこうして二人で穏やかに過ごすだけの私は、彼女が焦がれる窓の外の小鳥にはなれないのだと、そんな予感がした。


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