列車がくるまで
奈良坂くんの手は熱い。スマートフォンをたぷたぷいじっていた指先を拐われて、絡まる熱にじんと痺れた。遮るものがない駅のホームはまさしく極寒というやつで、指先から伝わる熱に自分のからだがすっかり冷えていたことを知った。
「……驚かせたか?」
秀麗な面差しをほんのすこしゆがめた奈良坂くんが、窺うように腰を曲げる。さらりとゆれた亜麻色の髪がホームの蛍光灯に照らされて輝いていた。
「うん、ちょっとだけ」返しながら、右手に残されたスマートフォンは大人しくコートのポケットに滑り込ませる。
「今日は手があったかいなって」
すらりとした奈良坂くんは指も長く細い。それでもやっぱり男の子なので手のひらは大きかった。互い違いに組んだ指のあいだからちいさく悲鳴があがる。この手ならわたしのスマートフォンも片手で扱えるだろう。
「みょうじの手が冷たいだけだ」
むっとした表情から推察するに、わたしがスマートフォンに夢中だったのが面白くなかったらしい。そんな子どもっぽい理由なわけがない、と数ヶ月前のわたしなら否定していたけれど。
「心があったかいからかな」
「スマホをさわってたからだろ」
「正論~」
お世辞でも頷いて欲しかったなぁ。白い息を吐き出せば、きっかり三秒の沈黙のあと「あたたかくないとは言っていない」と凛とした声が応えた。
奈良坂くんのことは一年生のときから知っているけれど、こんなに何でも真面目に取り合ってくれるひとだと知ったのは最近のことだった。胸をくすぐるような感覚にくちびるが緩む。
「でも冷たい手を握ってくれるひとのほうがやさしいよね」
見上げてみると奈良坂くんは教室にいるときと同じ表情のまま「どうだろうな」と呟いた。
奈良坂くんは自分が持つ優しさについて懐疑的らしい。前にそれとなく訊ねたら『俺はネイバーを許せないから』と答えられた。許せないのが当たり前では? と思ったものの、許せるひとに対してわだかまり(羨望だろうか)があるのかなと考えて『そうなんだね』と頷くに留めた。だってわたしは彼の優しいところを知っている。それでじゅうぶんだ。
「だいぶあったまってきた」
「ああ」
繋いだ手にきゅっと力を込めて言うと短い返答があった。素っ気ない言葉と裏腹に、その瞳はふんわりと和らぎ、やさしい笑みはここだけ春になったみたいで。
「女神……」しまった。つい。
「変なことを言うな」
事実ですが。こくりと飲みこんで「すみません」と素直に謝る。あんまりきれいだったので。これも言わない方がいい気がする。沈黙を繋いだのはホームに流れたアナウンスだ。列車が通過します、白線の内側にお下がりください。繋いだ手を引かれて一歩下がる。
びゅう、と快速列車が風を巻きあげながらホームを抜けていく。冷たさに身を縮こませてやり過ごした。マフラーのなかに仕舞い込んでいた髪は無事だったけれど、奈良坂くんの方はさらさらの髪が乱れている。顔にかかった毛先を整える手つきは覚束ない。片手だと大変そうだなと眺めつつも、彼の利き手に絡めた指をきゅっと握れば応えるように返された。