きみはわたしとちがうから

「三雲くんはふつうのひととちょっと違うね」
 一学年うえの、その先輩の名前は知らなかった。図書室でたまに会うそのひとは目立つような容姿でも性格でもなく、修と話すときは決まって本を開き、頁に視線を落としながらだった。やや伏せられた瞳を縁取る睫毛が印象的で、それだけをやけに鮮明に覚えている。
 本屋の並んだ背表紙のなかに彼女が読んでいた一冊を見つけて、そう言われたことを思い出した。ストーブが稼働していても底冷えする図書室の端、卒業を控えた彼女はいつもと同じように本を読んでいた。その斜め前が修の定位置だった。
 あのひとにとって自分はどんなふうに見えていたのだろう。他人からどう見られるか、なんて気にしたって仕方ないことだけれど、少しだけ気になった。背表紙に指をかけて一冊を引き出す。
「わたしとはちがうひとだ」
 本を開いて、文字を追ったうちに、彼女が続けた言葉も思い出す。修はたぶん、彼女に応えた。思ったままに。
「ぼくと先輩がちがうのは、当たり前のことだと思います」
「そうだね」
 と、彼女は頷いて。それから、「その当たり前が、かなしいんだ」とわらった。
 あのひとは、元気だろうか。修はぱたんと閉じた本を手に抱えてレジへと向かう。いつかもういちど会ったときに、あなたと同じ本をぼくも面白いと思ったと、何故か伝えたかった。


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