オレだって大変だった

 風間さんってこわいよね。
 わたしの言葉に、歌川は「えっ」という顔をした。いや声に出していた。幸いなことに本部のラウンジはいつもどおり賑やかで、わたしと歌川の言葉を拾えるのは――たぶん菊地原ぐらいだ。話題的にちょっと厄介だけど。
「みょうじ、風間さんが恐いのか?」
 自分のところの隊長をこわいと言われたら、やっぱり気分のいいものではないのかもしれない。歌川も菊地原も、それから三上さんも、風間さんのもとで充実した日々を過ごしている。傍目から見てもそれはよくわかるのだ。
「いい人だとは思うんだよ」
「ああ」
 ごくり、と歌川が息を呑んだ。なんだってそんな深刻な顔をするのか。
「でもさ、わたし、やけに風間さんと遭遇するというか」
「うん」
「風間さんのほうから声をかけてくれるんだけど、かといって話題もないし、すごく気まずくて」
「……うん」
「なんかちょっと、何を考えてるんだろうって、こわい? みたいな」
「……うーん」
 難しい顔をした歌川は眉間の皺をほぐすように親指をぐりぐりと動かす。そうとうに困っているらしい。
「嫌いなわけじゃないんだよな?」
 しばらくの沈黙のあと、意を決した顔の歌川が言う。
「うん? うん、それはまあ。尊敬してるし」
「よし。……まあでも、こわい、って難しいよな」
「まあ、ね」
 たぶん、風間さんがもうすこし口数が多くて、表情も柔らかだったらべつに気にしてないのだ。あの人はどうにも、視線や振る舞いが硬質的で、鋭すぎる。なにを考えているのか全くわからなくて、ふたりでいるのは緊張や恐怖が勝つ。
「……オレから風間さんに言ってみる」
「さすが歌川。頼りになる!」
 せっかく褒めたのに微妙な顔をした歌川は「うまくいく自信はない」と言い切った。自信は持ってほしい。

「歌川さ、風間さんになに言ったの」
「あー……」
 と、思いっきり視線を逸らした歌川は、熱がのぼったわたしの顔にも気付いているはずだ。
「もっと、思ってること言った方がいいですよ、みょうじには。って言った」
「すきって言われたんだけど」
「……うん」
「すきって言われたんだけど!!」
「まあうん、そういうこと」
「言ってよ!!」
「言えるか!」
 思わず出てきた大声になんだなんだと視線が集まるのを感じた。そのなかに、今は会いたくない赤い瞳がみえて。「おぼえてろよ歌川」低く囁いた声に、歌川は視線を逸らしたまま「みょうじが風間さんから逃げ切ってからきくよ」と応えてみせた。「歌川、ばか、あんなひとから逃げられると思ってるの」「なんだ、わかってるじゃないか」わかってるじゃないか、じゃない。


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