少年兵

 ――きみは強くならなくていいよ、コスケロ。
 彼女は言った。自分より背の小さな子どもに向けて、微笑みながら、剣にまとわりつく血を払いながら、繰り返し、繰り返し、そう言った。天涯孤独となった自分を拾った軍のなかで、さらに「きみをわたしのお付きに任命しよう」とコスケロを拾いあげたひと。精鋭と名高いガロプラの兵士たちのなかでも際立って強く、美しかった女性。
 彼女はおそらく自分の師と呼ぶべき存在なのだろう、と思う。飲める水の見分け方、薬草の使い方、野鳥を捕らえてシチューを仕立てるレシピ、集団生活を円滑にする立ち回り、文字と知識、文化と慣習。生きる術のすべては彼女から学んだ。
「きみは、強くならなくていいよ」
 訓練用の刃を潰した剣で打ち合いながらも、彼女はその言葉を紡いだ。鈍い金属音とともにじんと痺れるような衝撃が手を伝い、それでもコスケロは剣を手離さない。そうしなければならないから。コスケロには帰る家がない。ぐっと奥歯を噛みながら剣を振りあげた。彼女が腰を捻り、遅れてその髪が靡くのを視界に捉える。その顔に焦りはなかった。軌道を読み切った冷徹な――しかしどこか怒りを孕んだような瞳が、短い呼吸とともに動き、今まさに振り下げた剣を弾き飛ばす。
「……参りました」
 離れた地点へ落ちる剣を見届けてから、両手を挙げて降参を示す。彼女はふうと息をついて「うん」と頷いた。
「強くならなくていいんだ」
 柔らかな白いパンにチーズを挟み、それをふたつに割りながら、彼女はやはりその口癖を紡いだ。半分、というには明らかに差があったけれど、彼女はいつも大きなほうをコスケロに渡して、自分はほんの数口で終わる量だけを食べた。上官に従うのが軍規だと言われれば、下っ端のコスケロには逆らえない。
「……強くならないと、死にます」
「強くなると、戦場でしか死ねなくなる。でも、きみは、寝台のうえで家族に看取られながら死ぬべきだから、強くならなくていい。それにわたしはきみの分まで強い」
 そんな未来なんてどこにもないと、子どもでさえわかるのに。彼女はそれを当たり前に語って、コスケロに強くならなくていいと繰り返す。死なないで、と、願い続けるのだ。

 もはや誰とも分け合うことのないパンを食べながら、彼女との記憶を反芻する。強くならないなんてことはできなかったが、彼女の言葉に救われた自分もどこかにいる。戦場から逃げてもいいと言ってくれた彼女がいたから、戦場に立ち続けることができた。
 けれど、自分に強くならなくていいと言うのなら、あなただって強くなるべきではなかったのだ。上背も年齢も追い越した彼女へ手向けた言葉は、今日も空に消えていった。


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