閃光

 白金に輝く双斧が眼前を撫でるように流れていく。曙色の髪がさらりと靡き、澄んだ泉のような緑がかった青の瞳は気怠げに伏せられて、髪と同じ色の睫毛が淡い影をつくっていた。
 間一髪、だ。まばたきの瞬間を狙ったように、刹那で間合いを詰めた彼女は、なんの感慨もなく斧を振るった。地面を蹴って後ろに跳んだのは反射で、よく間に合ったものだと嘆息する。ないはずの心臓が音を立てて跳ねている気がした。
「――今のを避けたのは、褒めてあげる」
 薄薔薇色のくちびるがひらき、仔猫のように軽やかな声が落ちる。けれどその声は、どこかぞっとする冷たさを孕んでいた。美しいが、鋭く硬く、熱を持たない宝石のように。
「でも、これはどう?」
 訊ねられたときには、もう勝敗は決していたのだとおもう。眩い閃光だけを感じた。視界は白く塗りつぶされて、気がつけばわたしは固いマットレスのうえに転がっていた。メテオラを撃たれたのだと気付いたのは、彼女がわたしの入っていたブースに「なに呆けてるの」と声をかけてきたときだった。

 小南桐絵という同級生が、界境防衛機関ボーダーで攻撃手三位の成績を誇っていると知ったとき、わたしの胸にあったのは『やっぱり』という納得だった。彼女とは教室のなかでの表面的な付き合いしかしてこなかったけれど、だからこそ、わたしは自分と彼女の差異を漠然と感じていた。衝撃は意外なほど薄く、事実はすとんと腑に落ちた。
 もっとも、彼女のほうはわたしの入隊にずいぶんと驚いた様子だったけれど。本部基地でたまたま顔を合わせたときには、学校であれば嗜められていたのではと思うほど、ぽかん、と口をあけていた。たしかに星輪女学院の生徒がボーダーに入隊するのはめずらしいが、いないわけではないのに。
「反射神経はまあまあね。いくらか動けるようになってきたし、とりあえず模擬戦を繰り返して、トリガーの種類とパターンを覚えるのがよさそう」
 と、彼女が模擬戦の振り返りをしてくれる。わたしが彼女に師事(というと、彼女は弟子にしたつもりはないと怒る)したのは、ひとことで言えば流されてだった。なんだ知り合いなのかじゃあちょうどいい小南に教えてもらえ、と、わたしがなにか言う前にそんな声が出たのだ。彼女はたぶんそれを嫌がっていたけれど、周りに押されて断り切れなかったのだろうと思っている。
「ありがとう、小南さん」
 指摘されたところは余すことなくメモにとる。ぱたんと手帳を閉じてからお礼をいうと、彼女はそのかわいらしい顔をすこし歪めた。教室のなかという狭い世界ですらほとんど関わり合いがないのに、いろんなひとのいるボーダーでわたしの面倒をみる羽目になった彼女の心中をおもうと、申し訳なくなる。彼女は自由奔放のようでいて妙に生真面目なところがあると知っているから――弱いひとが嫌いだと、噂を知ったから。
 それでも、最近のわたしのいちばんの楽しみは、ボーダーで彼女と白金の刃を交えることだった。たとえ彼女に一太刀もあびせられなくても。戦いのさなかに煌めく彼女のうつくしさを、知ってしまったから。
「次に会うときには、もっと強くなっておくから」
 わたしがいつものように不確かな約束を持ち出すと、彼女はやっぱり顔を顰めて「そう」とだけ返した。


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