ピーコックグリーン

 わたしと彼女がともだちであることに、なにひとつ特別な理由はなかった。
 入学式の日、窓の外を見つめるつまらなさそうな横顔に、ほんのすこしの勇気を振り絞って声をかけたのが最初。色素の薄い髪がしゃらしゃらと花風に梳られる。孤高を映すピーコックグリーンの瞳がこのうえなくきれいだった。世界が褪せた灰色になって、すべて彼女をきらめかせるための舞台へ転ずる。
 話しかけられたことにびっくりしたらしい彼女は、ぱちりと瞳を瞬かせたあと、鈴の鳴るような声で名前を教えてくれた。小南桐絵。ノートに書いてみせてくれた字は思いのほかきりりとしていた。きれいな字だね、と思ったままを告げれば、彼女は少しだけ頬を朱く染めた。さわめいた教室が遠ざかる。たぶんあのとき、わたしは彼女に見惚れていた。

 お昼休みも移動教室も、学校ではたいてい一緒に過ごした。それが当たり前の日常になるのに時間はいらなくて、けれど日を重ねるほどかけがえのないものになっていく。習い事のない放課後はふたりでクレープを食べに行って、日曜日は買い物にでかけた。
 いちばん仲のよいともだちは? と訊かれたら、わたしは少し迷ってから彼女の名前を紡ぐだろう。ただやっぱり、彼女にとってのわたしがそうであるとは思えなかった。

 例えばそれは見上げたショーウインドのなか。
 あるいはリップをあてがう鏡の向こう。
 映り込んだ一瞬、ときどき、彼女は知らないだれかに見えた。ここにいる彼女が、まばたきをした拍子にわたしのことを忘れて、呼吸とともに消えていく白昼夢。彼女はなにかをささやくのだけれど、無音の夢に彼女の声はない。
 いこっか。
 彼女が振り返ってそう言うのを、わたしはいつも待っていた。

 いって。
 彼女によく似た知らないだれかが叫ぶ。スプリンググリーンの背中が烟る世界に飛びこんで、白金の刃がきらめいた。短く揃った髪がひといき遅れて靡き、わたしを流し見た視線が重ねて告げる。
 いって。おねがいだから。
 懇願を映す瞳は輝くようなピーコックグリーン。彼女に、よく似た。

 わたしと彼女がともだちなのは、あの日となりの席に座っていたから。それだけが理由かもしれないけれど――それだけが理由でいいと思う。ただそれだけのともだちだから、わたしはあした、彼女にわらいかけることができた。


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