ひみつのきえたよる
13歳になる前の夜、弓手町駅に行った。クラスですこし浮いている桐絵に、それでも構わず声をかけてくる子と一緒に。止めなくちゃいけないことはわかってたのに、誘われるまま、線路の上を歩いた。まわりにはだれもいない。霧雨が降っていて、夏の夜の空気が、いつもよりすこしつめたい。傘を持っていなかったから、気にせずそのまま歩くことにした。
「天気予報、外れたね」
「こんな夜中に出歩くひとのことを考えた天気予報なんてしないのよ」
桐絵が答えると、そうだねと目を細めてわらった。そっと握られた手は、きっと雨で濡れていて。ひんやりとつめたくて、でも嫌じゃなかった。
「明日は晴れるといいな」
「なにか予定があるの?」
「うん、とびきりの」
ふぅん、と頷いた。しらない顔をしたけれど、彼女が自分の誕生日を祝おうとしていることはわかっていた。それがうれしくて、いとしくて、てれくさくて、ついっとそっぽを向いた。「ねぇ」と手を引かれる。線路のうえを、ふたりだけであるく。
「今日のこと、ふたりだけのひみつにしてもいい?」
「……こんなのばれたら怒られるに決まってるんだから、ひみつよ、もちろん」
少女が笑う。きゅっ、と繋いだ手がつよくにぎられた。そっとにぎりかえせば、とくとくと、心臓がうるさくなる。
「あと、もうちょっと」
囁いた少女に首をかしげる。なにが、と聞こうとして、それに気付いた。しろい。星のないくらいそらに、ぽっかりとうきあがる、しろい、それは。
――ああ、だから、むかしの弓手町駅に、警戒区域に入ることは、あぶないと、そう言ったのに。
「きりえ、ちゃん」
こわばった彼女の手をひいて、物陰に。もう見つけられてしまったけれど、桐絵が出ていけば、狙いはかわるはずだ。震える白い手を一度だけ優しく握って、それから手放す。
「目を、閉じて。耳も。いいっていうまで、あけちゃだめよ」
彼女の瞼が落ちる。耳を塞いで、しずかにしててねと告げる。
トリガーを起動すれば、身体が軽くなる。きっと高く跳べる。彼女を守れる。けれど、つぎにあうときは、つぎにその目が開くときは、きっと今日の記憶なんて忘れてるんだろう。
ふたりだけのひみつだった7月の夜は、桐絵だけが知っている。