ドライヤー

「遊真くん、髪濡れてるよ」
「む、」
 ぽたり、と髪の先から雫が落ちる。こっちにおいで、乾かしてあげるよ。彼女はそう言って、今日の夕方に回収したまま放置されていた、乾いた洗濯物のなかからタオルを引き抜いて、広げる。
 大人しくそちらに近寄って、座って洗濯物を畳んでいた彼女の横に座る。ふわり、と視界に白いタオルが被さった。
「ぜんぜん乾いてないし、これ。ドライヤー使った?」
「使ってないな」
「使ってもいい?」
「すきにしてくれ」
 ちょっと待っててね。言い残して立ち上がった彼女は、ほどなくして洗面所に置かれていたドライヤーと長い延長コードを持って戻ってきた。カチっ、と手際よくコンセントにはめていき、座ったままの遊真のうしろに座る。タオルは肩にかけるようにして、彼女の手が遊真の髪を撫でた。
「じゃあ、熱かったら言ってね」
 カチカチ、とスイッチを動かす音に、ゴオッと風の音がすぐ耳元できこえる。ぶわりと視界の端でかすかに白い髪が舞う。するすると遊真の髪を撫でていくのは彼女の指だろう。
 ドライヤーが少し離されて、音も遠のく。温風はゆるやかにまどろむようで、わしゃりと優しく指先で髪を梳かれる感覚がそれを強めた。す、と瞼を閉じれば、肩の力がゆるゆると抜けていく。指先は絶え間なく遊真の白い髪を遊ばせるように撫でて、ふわりと乾かしていく。
「ふむ、これは」
「熱い?」
「いや、ちょうどいい」
「よかった」
 彼女は、しばらく無言で遊真の髪を乾かした。しばらくして、ふんわりとかわいて膨らんだ髪を撫でて、満足気に「よし」と呟く。終わったらしい。
 パチリ、と目を開いて、彼女に「ありがとうございました」とぺこりと頭を下げた。彼女は目を細めて、「ふわふわだね」と遊真の頭をもう一度撫でる。
 もしも自分が生身だったら、『眠い』とでも思っただろうか。それぐらい、穏やかな時間だった。
「気持ちよかった」
「本当に? あ、でも、人に乾かしてもらうのって、確かに気持ちいいよね。嬉しい」
「今度はおれがおまえにやってやろうか?」
「いや、それはいいかな……まずは自分の髪をちゃんと乾かせるようになってから、ね」
「ふむ……」

 次の日、じぶんで乾かしてみた髪からは焦げ付いたようなにおいがして、けれどまたたく間に直っていく。このからだだからいいけれど、まさか彼女の髪を焦がすわけにはいからないから――もうすこし、練習が必要だった。


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