うそつき

「うそって見抜いてもらえなかったらどうするつもりだったの?」
「おまえなら見抜いてくれるって信じてたよ」

 あ、嘘だ。

 エイプリル・フールにかこつけて、いやに神妙な顔で別れを告げた恋人の嘘を見抜いて二分後。迅が再び嘘を――〝ほんとう〟の嘘をついたと気付いてしまった。
 花冷えにつくったミルクティーがマグカップのなかでゆらめく。川沿いに植えられた桜並木の、その下。水流の穏やかなあたりにひとひら、また一片とおちた花弁がどこへもいけず、とぷりとゆれて沈むように。水底で花弁はなにを思うのだろう。
 うっすらと笑った迅が脚を広げて、「おいでよ」と囁いた。あてがわれた居場所に大人しく腰を下ろし、遠慮もなにもなくもたれる。衣擦れにまじって関節の軋む音がかすかにきこえた。
「重いな」
「思っても言わないで」
「ごめん」
 くつくつと喉で笑う振動が脊髄を伝う。現実だと感じるにはあまりにも頼りない熱が、なまえと迅のあいだにちいさく灯る。
 彼はどこまで視ていたのか。少なくとも、なまえが彼の嘘を見抜けない未来はあったのだろう。もしかしたらそっちのほうがより可能性が高い未来か――より望まれていた未来だったのかもしれない。
「……あったかい」
 でも、なまえが望む未来はいまこの現在の先にある。うそつき、となじることもできたけれど、そうしないことを選んだ。迅がどう思っていようと、なまえを信じていまいと、なまえは嘘を見抜いた未来にいる。それでよかった。
「……うそつき」
 頭上からひとひら、ちいさな吐息とやわらかな声音。
「え?」
「冷たい」
 そっと手の甲をなぞった指先にミルクティーがふたたびゆれる。「あの」待って。言葉を紡ぐ前にマグカップは攫われて、テーブルの真ん中に置かれる。いつのまにか回された腕がなまえを抱きかかえ、「あーあ」と弾むように笑む声が耳朶をうつ。
「逃げられないなぁ」
 どっちが。尋ねる声は仕舞い込む。どっちも、だ。


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