嫁入りの行列が長ければいいのに

 薄い雲から降り出した小雨はあっという間にアスファルトを強く叩き、視界をけぶらせる。雨音が激しくなっても雨粒は小さなままで、夏のわずかな風に乗って、バス停の屋根の下にいても顔や制服が霧吹をふきかけられたように濡れた。
「なんとか本降りになる前につけたね」
 そう声をかけると、出水は私の左側から右側へと移動しつつ、おう、と笑った。風上に立ってくれたのだと、頬に雨粒があたる感覚が消えてわかった。
 ありがとうとお礼を言おうか迷っていると、出水は空を見上げて目を細めていた。ひどい雨に反して空は明るく、夕方の黄みの強い光が降り注いでいる。
「狐の嫁入りってやつ?」
「よくそんな言葉を知ってたね」
「おまえ、おれのことちょっとバカにしてんだろ」
「してないよー」
「おいこらこっち見て言え。……まぁほら、おれ、狐っぽいし?」
「自分で言うの?」
 どちらかといえば猫っぽいよ、と、くすくすと笑えば、ちょっとむっとしたような出水がこちらを見ていた。狐の方がかっけーじゃん、と小さな声がいう。どうだろうね、と返しておいた。
 大通りの信号の向こうから、水を跳ねながらバスが近づいてくる。ぴたり、とバス停の前に止まったバスが、空気の漏れる音と一緒に扉を開いた。出水と一瞬だけ顔を見合わせて、扉の閉まらないうちに乗り込む。
 バス停の屋根とバスの間のわずかな隙間に傘はいらないだろうと、たっと大きく一歩踏み出してバスの中に乗り込んだ。二、三秒のことだったと思うのだけれど、頭や肩が濡れて重い。後から乗り込んできた出水を見れば、前髪からぽつりと水滴がこぼれた。
 確か、鞄の中にタオルハンカチをいれていたはずだ。出水にも貸した方がいいのだろうか。鞄を漁りつつ考えていれば、「あのさ」と、窓から外を見ていた出水が口を開いた。
「おまえのバス停に着いても雨降ってたら、家まで送ってやるよ。傘、あるし」
 窓の外で降り注ぐ雨を眺めながら、こちらをちらりとも見ない横顔は、夏に向けて散髪したせいで赤い耳を隠せていない。傘の柄をなぞる指が、つ、と震える。
「……お願いしようかな。出水は遠回りになるけど」
 すこし、緊張した。ぱちり、と視線が合うと、お日様のような笑みがじわりと浮かぶ。
「いーよ、別に定期あるし」
「ありがとう」
 それからまた、外を見つめた出水の横顔は、唇がにんまりとした笑みを形作って、なんだか得意げでかわいい。だから、鞄の底に見つけた折りたたみ傘は見なかったことにした。自分の髪と肩、それから鞄をタオルハンカチで拭いて、その面が内側になるように畳んで出水に差し出す。雑に前髪の水気だけを拭って、すぐに返された。
 ふい、とこちらを見ずに外を見つめる出水の隣に立って、揺れるバスの中でバランスをとりながら、出水と同じように雨を見つめた。


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