つめたくてあまいもの
「つめたくてあまいね」
バニラアイスクリームをひとさじすくって、犬飼くんは小さく笑った。彼のカップにはバニラとチョコレート。ほんとうはもう少しお洒落な名前がついているはずだけれど、忘れてしまった。
「アイスクリームだからね」
「うん、まあ、そうだね」
自分のチョコミントにスプーンをさす。犬飼くんはふたつの味を交互に食べているけれど、わたしはチョコミントを食べ終えてからレモンソルベにとりかかると決めていた。
店内に人影はまばらだった。三月の終わり。アイスクリームを食べるにはまだ早いけれど、冬はもう終わっている。わたしたちは通学路の桜の蕾がふくらみ、ほころぶ日を今か今かと待っているのを知っていた。
テラスからは街の様子がよく見える。藍色の帯が空をたゆたい、雲は鴇色にあまく染めあげられていた。春めく夕暮れはいまだけの空だ。
「いつだっけ」
彼が、かしりとプラスチックのスプーンをかじって言った。
「引っ越し」
「あしただよ」
チョコミントを口のなかに放りこめば、すっと涼やかにミントが香り、チョコレートのあまさがとけだしていく。犬飼くんの笑顔に、ほんのすこしだけ似ていた。
「こんなとこ居ていいの?」
「荷造りは済んでるよ。持ってくものも多くないし……向こうでそろえるから」
「へぇ、そんなもんなんだ」
わたしと彼は同級生だった。ついこのあいだ卒業してしまった今は『だった』としか言えない。お友だちというほど付き合いは深くなかったし、まして恋人だなんて言えやしない。今のわたしたちにあるのは、告ったひと、振ったひと、ただそれだけだ。
「見送りに来てくれる?」
「来てほしいなら行くよ」
チョコレートのあまさの残る舌にレモンソルベの酸味がささる。
「……ううん、いい」
ぎゅっと寄った眉は、だから、たぶんそのせいだ。
「元気でね」
アイスをすくって、犬飼くんはぽつりと言った。そのくちびるをなんとなく目で追って、それから頷く。
「うん。犬飼くんも」
レモンソルベはやっぱり酸っぱかった。