淘汰

 白い鳩は淘汰される。白くて目立つ異質なものは、天敵の烏に襲われてしまうから。だから都会の鳩は黒いのだと、鳩原未来は私に教えてくれた。
「つまり、キリンの首と同じ理由」
「ふぅん、意外と身近で進化は起こってるんだ」
 ゴールデンウィークを間近に控えた中心街は一足早く休みを得た人で賑わっている。ビルの並ぶ街の中にぽっかりと開かれた公園。噴水はきらきらと水飛沫を上げて、春も十分に過ごした木々は新緑の葉を伸ばす。小さな子供たちが、私たちの座るベンチの前を駆けていく。私はクレープを齧りながら、澄み渡る青い空を見つめる横顔を伺った。
鬱陶しいといった感じに伸びた黒い髪に、そばかすの散った頬。少し前までは、俯きがちなその顔が好きではなかった。
「進化、というか、やむを得ない変化だけれど。白い遺伝子が残ってなかったら、生まれようがないから」
「難儀なものね」
「うん」
「鳩に詳しいのは、名前に入ってるから?」
「そうかも」
「他に何か、ある? 鳩知識」
「えー……、あぁ、鳩がビルにぶつかるのは何でか知ってる?」
「それは聞いたことあるよ。ビルの窓に空が反射して、そのせいで空が続いてると思って突き進むんでしょ」
「そう、ガラスがあるって分からないから、そのまま飛び続ける」
 すっと目を細めて青空を見やる鳩原未来の、その視線が好きだった。貼り付けられたような笑みが彼女から消えたのは、試しにと渡したモデルガンのスコープを覗きこんだときだ。横から見たその顔に、私は恋をした。笑わない鳩原未来が好きだと言ったら、きっと彼女はへらりと笑うのだろう。
「空には届かないって、わからなくて、落ちていくんだよ」
 彼女の声に耳を傾けながら、そっと眉を寄せた。そう囁きながら上を見上げる彼女が、澄み渡る青い空の向こうに誰かを見ている気がした。――腹立たしい。鳩原未来は私のものだ、そう叫ぶ私がいる。恋とはなんと浅ましく醜いのだろう。
「じゃあハトは、昼空じゃなくて夜空を飛べばいい。星に向かって、上へ。そしたらビルになんてぶつからない」
「……うん、そうだね」
 空から私へ視線を下ろした彼女が微笑む。仕方ないな、とそんな感情を滲ませた彼女の笑みに少しだけ機嫌も良くなる。
「そう、私たちが目指すのは星だから」
 青空じゃないのだから。
 はやくこの空の向こうにいる、鳩原未来の大切な人が死んでしまえばいいと思って、私はハトに微笑んだ。密航は明日の夜だ。


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